TAKE ON!のBoot21(第一回)

月刊Beepの名物ライター「TAKE ON!」さんの「無関係WEBマガジンBoot21」がツイッター(現X)で連載中ですが、こちらにも期間限定で出張して頂く形に?!
「月刊Beep」と言えば「ビデオゲーム」にとらわれずボードゲーム・カードゲーム・国内海外のパソコンゲーム、アーケードゲームからテレホビー機(ビデオゲームコンソールの事を指す)まで網羅した幅広い大人でも子どもでも楽しめる「規格外」の「ゲーム雑誌」でした。
そんなBeepのライターの中でも親しみのあるキャラクターで数々の名(迷)言を残した「TAKE ON!」節を振り返る連載です!
第一回 月刊Beepに入る前
自分でいうのもなんですが、今BeepのTAKE ON!(たけおん)でございと言っても、
本体というか生っぽいTAKE ON!は当時読者の思い出やライターさんの記憶にしかないと思っています。
そういう思いで、極力は読者さまのBeep記事にぶら下がる形で発言させていただこうと・・・。

Beep1986年11月号
一部でBeepのセガ路線を確定的にした「特異点」といわれる86年11月号。
オパオパを表紙にあしらって、
いかにもなセガ特集をイメージ。
ソノシートの付録も初であり、
私も購入、ライター応募に踏み切った。
自分の記事はないが
ここからできるだけの紹介を試みる。

自分が初めて手に取った月刊Beep、当然私の記事はない。
でも、ライター募集になった動機や、自分の記事を書くときの参考になったのも間違いない。
改めて見ると、面識のない、この号のあとすぐ引退してしまったライターさんがたくさん。。。
もろもろ振り返っていきます。
その都度できるだけ説明を試みます。
当時ご存じの方には既出で常識な説明も、
しらない方には「それだけではなんとも。。」
でもツイッターとしては
最低限の文章テンボがあると思うので、
どちら様にもすいません、になりそう。。。
目次
爆発セガパワー!!今回セガ特集が初!というわけではない。
でもゲームソノシートを含めて強烈な特集だったはず。なんたって復刻版の表紙になっちゃう11月号だから。
まずアウトランから始まるセガレポートから。

そのあとのゲームはそれほど。。って感じだけど、そのあとのセガ人の解説とか、
とにかくBeepならではの特集で、自分も何度も何度も読み返していた。
それ以外にもビデオゲームアテナとか、ファルコムのロマンシアとか
当時感を強烈に感じるラインナップ。
セガ・アウトラン
セガアウトラン。
たけじゅんさんの記事。ほんと記事が読みやすくこなれている。
「コースは一般道 景気は絶好調」韻を踏んで美しすぎる!!
※(ここまで整合性が取れた中見出しは、回文とか大好きな、編集部の「頭」さんが手を入れたような気がする?)


基本的に普通のレースゲームなのにどうしてこんなに面白くなってしまうんだろう」
曲選択やクラッシュ時の演出、ルート分岐いろいろな演出で生み出されるアウトランならではの楽しさをひしひしと感じられる文章。
Beepで「ボクは〜だと思う」ってくくると、
何というか標準Beepフレンドリー構文(?)というか
ライター記名別々の記事なんだけど、妙な共通の説得力を帯びてしまうんだなぁ。。

アウトランはセガの十八番体感ゲームの4作目
そうそうハングオンから始まってスベースハリアー、エンデューロレーサーの次だったなぁと。
ここから約半年、自分がマークⅢ虎の巻を執筆したときはまだ移植にはいたってなかったが、
ファンタジーゾーンの移植があったから、
マークⅢにバージョンアップしたセガ家庭用ゲーム機ならアウトラン絶対移植するって、
当時みんな思ってたと思うなぁ。
#アウトラン が巻頭でババーン!!
これだけで大げさでなく、大興奮だったと思う。
さらに立体的なセガの掘り下げ、さらにゲームミュージックソノシート・・・。
いままで立ち読みだった中学生もさすがに買うよ、という内容。
次はセガレポートあたりから・・・。
ライター応募のきっかけ
Beep86年11月号はライター応募のきっかけになった号ではあるけれど、
やはり特別な印象があった。
それが何だったのか、も含めての振り返り。
セガレポート。
さきに新作情報によると、自分が87年1月号の
デビュー記事「マークⅢ忍者」は発売中止になってる?すぐ復活したのだが、どうなっているのだろう。
ブラックオニキスやコロニスリフト

→(全機種版 マークⅢで後方互換の旧機種SG1000 3000用のソフト)はまだ開発中とこの時点では。
コロニスリフトはとうとう出なかったはず。
ブラックオニキスは、私が自分のコーナーで拾わざるをえず、あとで取り上げる。

さらに阿修羅とアレックスキッドのミラクルワールドの予告!!
セガは何しろ本数少ないから、このタイミング、この告知だけで大興奮。
アクションファイター
セガの特集を全部一人でやってしまうSHOTANさん、このイントロの自由さ!!

アクションファイター
ちょうこお姉さんのJOYJOYテレフォンネタで1ベージ文引っ張る!!
更に機体説明もオリジナル設定が入っていたりと、ほんと自由なお方。

ザサーキット たけじゅんさん
普通にセガ家庭用ゲーム機の感想。。。
ゲーム業界にひっそりと佇んでいたのが、1メガロム北斗の拳が出てから俄然面白くなったと。
ほんとにメガロム出るまでは、セガマークⅢちんまりしてたんだよね。


アクションファイター、ザサーキット。。。ソフトの印象は薄いけど、記事を読んでいると、
セガJOYJOYテレフォンの話題とか、メガロムが出初めのマークⅢ周辺の盛り上がりが伝わってくる、
このころのBeepです(^^)/
ちょろちょろと続くBeep86年11月号の振り返りです。
この辺のところ、私も面識のない方の記事を
あげるので、おっかなびっくりです。
誌面とできるだけの解説をぶら下げていきます。
全機種 チャンピオンビリヤード ザキャッスル
秋本あきさん 剣山龍一さんも全く面識ない。
剣山さんはパソコンユーザーということで、Oh!PCとか他の雑誌でも記事を書かれていたとか?
ザキャッスルはとにかく流行っていた。エクセレントとか続編もでていた。

キャッスル+エクセレント合わさった形でセガに移植され、スピード調整機能もついて大興奮である。
ビリヤードはなにか見覚えが。。。あえて調べないが、MSXかなにかポニーキャニオンのルナーボールの移植なのでは?
つまり、ビリヤードもキャッスルも、パソコンの移植だった?
全機種は後追いでパソコンの移植で旧ユーザーにもそれなりにソフトを供給してたというわけだろうか。
このあとかなり遅れて世に出たシャーロック・ホームズロレッタの肖像 全機種はオリジナル感満載だったが。
超高速光線銃ジリオン
超高速光線銃ジリオン。
任天堂も光線銃SPとかテレビゲームを出す数年前は出していたので、まあ光線銃はこの時期結構どこの会社も出していた。
でも、ジリオンはCMも含めて同名のアニメが出る前から結構イケてる印象があったのだな。。

で、覆面で出ている3人だが
体格から左芋吉さん、右みやびさん、真ん中で倒れているのがえいりあんことSHOTANさんだと思われる?
そうでなったとしたら・・・誰だろう?

セガ人(せがびと)
セガ人の実態ドキュメント・・・という記事
「彼こそセガそのものであり、セガなくしては生活が成り立たない。」
トイ事業部のおもちゃがこんなにでていたのか?
ジリオンや、ロボピッチャはともかく、それ以外にもこれだけのセガ製品が当時あったのかと驚かされる。


ダンプ松本のパンチキック(わんぱくバンチ)とか、ダンシングとか、テレビお絵かき。
「テレコンパック」で電波を飛ばせ!!
ご注文は何になさいますか?「エンジン全部と7WAYショット!!」というファンタジーゾーンネタ。
銀座の博品館ではファミコンよりセガの扱いの方が良かった話。
ハイテクセガ神田のカードシステムの話。
やはり北斗の拳と全機種版スタージャッカーをやるのが玄人である。(?)
セガのホームベーシックの件。。。
モデルは、SHOTANさんを
かなりシュッとさせた感じ。
多分、ネタだしとかはSHOTANさんメインで出させて、
このモデルのイメージを本人不許可で発注?

というのも、私がライターとして編集部に入った後も、時々はこのネタでもめたり
盛り上がっていたような記憶があるから。
ここまでセガ尽くしの記事だが、世間的に認識されてるのは
ジリオンとロボピッチャ、あとテレコンパックぐらい?
Beep86年11月号はこの記事だけでも、
セガユーザーに多大な影響を与えたはず。
気がする。
自分も「こんなやついねーよ!!」と思いながら
感情移入していた。
当時のセガに対する激情があふれる特集と、
それ以外の特集も実に時代を反映している。
この号では避けて通れない
ゲームミュージックが雑誌に付いてきた
ゲームミュージックソノシートから続きを。
CD文化もだんだんなくなりつつあるところに、
ソノシートの話をして、もう若い人にはなにが
なんだかだよね・・・。
本にとじ込みで入っているぺらぺらのレコード
この時点でも古い文化だったと思う。
ソノシートの解説
セガゲームミュージックを凝縮したかのような
ソノシート!!1ページもライナーノート的なものになっている。
このあとのソノシートもこれくらい解説があったかな?
豪勢である。

さらに、ファンタジーゾーンのヤダヨの歌詞!!
まだ、各ステージごとに使いまわしじゃないBGMを用意したとか
ファンタジーゾーンが、曲調だけでなく、いろいろ画期的だったことを
ほうふつとさせる内容である。

セガ度判定テスト
セガ度判定テスト。
芋吉さんのウィットがあふれるテスト
これもアイディアだしをしてたったのかな・・・。
セガのゲームやファン感情に関係する当時の感覚が今見ると楽しい。

「ハングオン」「ヘッドオン」セガのゲームはどっち?
で「ハングオン」、「ヘッドオン」、「どっちもセガのゲーム」の三択になっている。
このあれっ?という選択肢、芋吉さんらしい。

「スペースアタック」と「ヘッドオン」のスペースデュアル(だっけ)切り替えゲーム筐体は
凄く遊んだ。
「となりのゲームはもうつまらない」と思っているか?
セガ人の多くは常にこういう対抗心があったんだよね・・・。

芋吉さんの面白いとこは、こういう判定って一番上から合格、及第点、普通・・・と流れていくところが、
2番目の理論的セガファン(セガのいいとことも欠点も分かっている的な)の方がなにかよさげに書いてあるのだ。

さらに3番のフツーのゲーム小僧にいたっては文章力を磨けばライターになれる?
うむむ、これが一番いいんじゃないの?
とも思われたり・・・。
当時読者の私もこのくだりを読んで
ドキドキしたものデス。
※このゲーム小僧、編集部にモデルが?

「歌手の石野陽子のファンか?」
→「はい」「いいえ」「問題の意味が解らない」
テディボーイブルースのタイアップの件だけど
「問題の意味が解らない」という選択肢がいいね!

※だけど、ここで「いいえ」を選ぶと熱狂的セガファンの方に
行くわけで、
そうすると、タイアップしているからって
石野陽子のファンだというと、
セガ人としてはNGだったのかな?
さすがにこの辺がピンとこないということは、
自分もセガファンとしては「にわか」だったのかな?
こういう機微は、
おそらくセガの知識を問うようなクイズや
検定だと拾えない部分だと思われんだけどなぁ。
MSXとマークⅢのジョイスティック端子の違いが判るか?
→ええと、7ピンと9ピンが違う?
雑誌でそれを載せるか!というマニアックさ。
86年11月号って、このようにゲームそのものよりも、セガブランドのおもちゃとか、
またセガ人にしかわからないような当時気分が凝縮されていたんだな。
このあとの特集ではかなりゲームのラインナップが
揃ってきたから、
レビュー以外の記事は逆に
せいぜい座談会程度でこういうある意味
埋め草みたいなコーナーは少なかったわけだけど、
当時はこういうちょっとした記事も、
セガ感が欠乏している人たちにとっては
共感するように、
何度もむさぼるように読んじゃう要素だったんじゃないかと改めて思われました。
※自分がそうだったしね!!
11月号山村モヘップ(12)さん関係。
辛口連載「私が悪うございました」
1ページ目からぐいぐいくる。
まず
5段階評価の文言。
1:買わなくても心は痛まないぜ!!から
5:僕が悪かった!買うから許して!

さらに、冒頭の替え歌が往年のモノクロアニメエイトマン!!
と「中の人」が濃い目の大人だということをまるで隠さない感じも
芋吉さんだなぁと。
これは、他の連載にかぶらないようにモヘップさん名義にしたのか

※自分で脱線させてるけど、
後年ライターになってから、芋吉さん
こういう冒頭の替え歌とか
コピー文言とかいかにも楽しそうに披露したり
「どう?」とそれはそれは無邪気に
感想を求められていた記憶があるな。。。
ああ本線本線 続く
それとも、メーカー批判するにあたって
ガワだけでも生意気な子供が好き勝手やっているので
まあ許してください、これ自体が「悪うございました」という体だったのか?
さらにBeepでは普通な「読者アンケートにガチ反応」。
読者に批判されたから、「今回はちゃんと攻略記事も書きます」
という展開。

そしてことさらに趣旨を強調
業界のためユーザーのため
いいゲームを作ってほしいと
理想のゲームを追及する。
この時点で
芋吉さんがゲーム開発に進まれる必然みを強烈に!
この辺のを改めてみてみると、
自分がライターになって、自分のコーナーでやってたことの
ほとんどは芋吉さんや雅さんやSHOTANさんとか先に主張していて
目新しそうで実は「Beepでやっても違和感ない路線」
だったんだな、としみじみ


この辺の芋吉さんの情熱というか
山村モヘップ(12)さんに託した思いみたいなのを
まず書きたくて。
次は
この号ではファン垂涎のレポート
モヘップさんのセガ訪問記あたりからいきます。。。
山村モヘップ(12才)セガ潜入レポート。
このところ、セガ情報は限られており、雑誌とCMとちょうこお姉さんのJOYJOYテレホンだけだから、
読者は絶対盛り上がったと思うし、12歳小学生が訪問したとなったら、ジェラシー感じたと思うんだよね。。。

そういう点でもそのあとのセガ特集での自分と芋吉さんの会社訪問記事とは内容かなり違う。
あの時は工場出荷も見れなかったし、ちょう子お姉さんにも会えなかったし
(まあ、履歴書もって会社訪問って体だからやむなしだったけど・・・。)

この11月号から一年立たずにさらにセガ会社訪問してしまうというのも、BEEPのセガバイアスを物語ってあまりある。
アーケードでは、画期的な体感ゲーム。そしてセガマークⅢのメガロムの盛り上がり、そして光線銃ジリオンと、
ここで、セガを特集せずにはおけないながれだから、
必然性に溢れたセガ訪問だったとおもう。
メガドライブ以前はおそらくここがピーク。
まさに特異点といって差し支えない11月号の真の目玉といっても過言。。華厳の滝である。
山村モヘップ(12)さんがセガに潜入して夏休みの日記を書こう!!というんだけど、
書き出しが「晴れた空~そよぐ風~」昭和23年の名曲 憧れのハワイ航路
今思えば、当時でも、いくらなんでも書き出しが古すぎる!!

まあそれはもういいか~
社内入口の模様(フリープレイできるコーナーやセガが昔つくっていたジュークボックス展示)から
食堂の模様、仮眠室、


工場、体感ゲーム出荷の模様、
次々と生み出される体感ゲーム、アウトランへの期待感を盛り上げ!!
※一つ一つの写真が貴重だ・・・。
プログラマ、デザイナー、企画者インタビュー、
過酷な状況のなか大容量のメガロムをつくる苦労を面白おかしく!!

広報部飯田さんとのやり取り
そしてこの時のセガの宣伝のかなめ、「ちょう子お姉さん」インタビュー!!
本当に美人だな~
これだけでもカラーでやればよかったのにぃ!!


某○○名人は古いとばかりに大プッシュ。
ちなみにこの時別コーナー
松岡正さんの「私はゲームメーカーが嫌いだ!!」でも○○名人のことを問題にしていた。

社命で名人をでっち上げた・・・と。
(内実はともかく)このころの某社に対するムードは
一部でそんな感じだったっていうのは、
いまや○○名人といえばレジェンドだから、
にわかに信じてもらえないかもね。。。
この前のBS番組でも「Eスポーツ」の先駆け
全国キャラバンで活躍した
「プロゲーマー」って紹介されて
あれあれ?ってなってたし。
という感じで、ものすごく高密度なセガ本社レポート、これだけの多岐にわたる内容、よくまとめた感じ。
やっぱ芋吉さんはすごいや。
今読み直しても当時の興奮がよみがえるというもの。


ここが86年の11月号の一番濃いところかな?
余力があれば、これ以外のところも、もうちょっと書きたい。※この月の雅さんの記事とかも紹介してないしね!!
特異点86年11月号、続けていきます。
Beepは総合誌だから、アーケードも
コンシューマーもパソコンも取り上げる。
今回はマップ多めの攻略ページ、メインの特集と並べたときてまた
目先が変わった感じ。

まずは雅さんの記事スペランカーⅡ「23の鍵」
“すっかり秋だな”雅・・・ペンネームこういうの多いんです。
「多くのBeeperを地底の奥に引きずりこんだ・・・」
こういう書き出し、好きだなあ・・・。


大迫力のぶち抜きマップ。
同じくSNKアテナの方が写真の構成だということは
こちらはマップの資料をもとにイラストをおこしたのだろうか。

SNKアテナ。
高密度マップ!!の細かさに幻惑されていたのだが、
3回連載していたというアテナ、人気があったと思う。
サイコソルジャーだのKOF麻宮アテナ以前の元祖アテナ。
ビキニアーマーってだけでもうね。

炎の剣が超絶強いので、記事に書いてあった
最短ルートで
剣を取るパターンをおぼえて・・・。
でも自分の技量ではその先は
到底できるゲームではなかったな。
こちらのあいきゃーさんも面識がない。
(臨時)+エイリアン?どういう枠組みの記事だったのか
でも、内容はポイントを押さえた無駄のない攻略記事
マップはともかく、バグを利用した技も
読んでかなり興奮して何度も挑戦したような気がする。
アテナの記事一つでもすごく読み返して遊んだ。

スーパースターフォース たけじゅんさんの記事。
ゼビウスの続編が出てスターフォースもスーパーに!?
実際の内容はともかく、期待しかなかった時代感。
テーカンのスターフォースのファミコンがハドソンから出て、
続編はテクモから・・・。キッズたちも、会社でみんな何かあったんじゃないかと察したに
違いない。
そんなスターフォースの記事をそつなく。
このゲームを通して
ロールプレイングゲームの良さを分かってほしいと
訴える。
ほかにもまだまだあるが、これくらいにしておきます。
で、締めは編集後記GAMEOVERで・・・。次回は「ジャンル別ゲーム上達法」
ゲームジャンルを網羅した攻略法とすごい大きく出た!!
編集後記も各編集さんの顔が浮かんですごく懐かしい。

自分の記事じゃないところでできるだけの紹介を試みた。
ライター募集に踏み切らせた本号。改めて見返すと、
アーケードもコンシューマーもパソコンも
毎月紹介される新ゲームに期待しかない時代だったと。
87年1月からライターとして参加したわけだけど、
この号と、86年12月号がいやがうえにもライターへの情熱を掻き立てられたもので、
この流れで次の12月号もいつか紹介させていただきたいと思います。
それでは~























私はBeメガからの読者だったのでBeep時代は全然知らないのでとても面白かったです
しかし、ちょうこお姉さん。こんなにお綺麗な方だったとは!